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慶州の紹介

 

 

千年の新羅王朝の都として栄えた歴史の都市!

慶州(ギョンジュ)は、約1000年(紀元前57年〜935年)の間、新羅王朝の都として栄えた歴史の街です。日本の奈良と京都にあたる古都で、街の到る所に世界遺産に相応しい新羅文明の遺跡、遺構が散在しています。
特に目を引くのはあちこちに点在する歴代の王陵と古墳群、東洋最古の天文台の
瞻星台、郊外には韓国最大の仏国寺と石窟庵、韓国歴史村の良洞村などが残っています。
新羅は、紀元前57年に朴赫居世(バク・ヒョッコセ)王が新羅を建国後56代の王祖が続きます。法興王(514〜540年)14年(527年)には仏教を国教として公認し、仏教文化の黄金時代を築いたのであります。新羅は660に中国の唐と組んで百済を滅ぼし、668年には高句麗を倒し、676年に唐とも戦って三国統一の盛業を成し遂げたのです。
36代の恵恭王の治世が終わる780年までの約100年間が、統一新羅の黄金期。当時の人口は80万人とも100万人とも言われます。

 

金城(慶州)には王宮が建ち、仏国寺や石窟庵などの名刹が建立され、今は国立慶州博物館の庭に展示されているエミレーの鐘もこの時代のものです。しかし、780年から最後の敬順王までは王宮内で権力闘争が繰り広げられ、地方にも豪族勢力が生まれました。935年、新羅は王国の幕を閉じ、韓半島の支配は高麗へ、14世紀には李氏朝鮮へと移りました。
慶州は古色蒼然とした遺跡と遺構は、次々に世界遺産の指定を受けていて、毎年8〜900万人が訪れる韓国を代表する観光都市となっています。大型リゾートとして開発された普門湖畔は桜の名所でもあり、散歩コースとしても名高いところになっています。又、慶州は1979年にユネスコから世界10大遺跡地として指定されています。

 

 

 

慶州の沿革

- 三国時代

BC 57年 新羅建国後 56王、992年間 王祖が続く。
徐羅伐 または 鶏林と呼ばれる。
- 統一新羅時代

民族文化の本流を形成。
- 高麗時代

高麗太祖 23年(940年) 慶州と称する。
987年 東京に改称する。
1012年 慶州に改称する。
1308年 鶏林部に改称する。
- 朝鮮時代

1413年 慶州部に改称する。
1895年 慶州郡に改称する。
- 1931. 4. 1

慶州面が邑に昇格する(1邑 12面)。
- 1937. 7. 1

陽北面甘浦里外8里が分離され,甘浦邑に昇格する (2邑11面)。
- 1949. 5.20

江西面が安康邑に昇格する(3邑 10面)。
- 1955. 9. 1

慶州邑が市に昇格する,郡の名称を月城郡に改称する。
- 1989. 1. 1

月城郡が慶州郡に改称する。
- 1995. 1. 1

統合慶州市が発足する(4邑 8面 17洞)。
- 1998.11.14

行政洞の統廃合(4邑 8面 13洞)。

 

 

慶州市の一般現況

- 行政区域

慶尚北道慶州市(4邑 8面 13洞)。
- 面積

1,324平方Km
- 人口

277,700名(2005年12月)
- 耕池面積

41,500ha
- 文化財

国宝(31点)、宝物(78点)、史跡及び名勝(77箇所)、天然記念物(3点)、
重要民俗資料(16点)、重要無形文化財(2点)、王陵(37基)、古墳(990基)

 

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